9/21 尾崎愛明 展 アトリエと 1階作品 部分紹介です

尾崎先生のアトリエはKINGYOから5分です。
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豊饒の海又は津波 W230×H160

2009年8月、150号に生命の誕生するエネルギーに満ち、海の幸のあふれる荒々しい大波の絵を描きはじめた。画題を「豊饒の海」と決めた。この150号は、私にとって最後の大作になるだろうと覚悟していた。途中ガンの再発と肺炎という大病と、その後遺症のために仕事はたびたび中断し遅々としていたが、イメージは順調に実っていった。体力のおとろえとは逆に、150号の絵は思いどうりに、ゆっくりとすすんでいった。筆は逡巡することなく、その結果を自分のイメージが追いかけるような楽しい気分を経験していた。私には珍しく色彩にあふれたダイナミックな作品になっていった。それは今迄にない手ごたえを感じている毎日で、作品の完成は80パーセント見えてきていた。

2011年3月11日午後2時46分。そのとき私はアトリエにいて、完成が見えて来ていた150号のパネルにとりついていたが、いつもの慣で、その瞬間は、ゆれるのに身をまかせ、そのゆれのやむのを待つ気分でいた。ところが、いつもとは違うゆれの、ながさと激しさに、次第に不安がよぎり、それがいつまで続くのか、どうしたらいいのか判断もつかず、身も心も完全に無力の状態に陥っていた。そのうちに目の前の壁にくくりつけの本棚がゆさゆさと壁からはがれ落ちて、アトリエの床一面が本で埋めつくされてしまった。150号のパネルは重いためか、壁から動くことはなかったが。

それから連日、津波の言語に絶するテレビの映像を見せられる。

不思議なことが起こった。

私の150号の絵面は何も変わっていないのに、その日以来私に対してその表情が一変してしまった。豊かな冨を抱く豊饒の波という私の意図に関係なく、私の脳裏に打ち込まれたテレビの映像が、大波イコール津波、というイメージに変化させられ、私の絵が荒れ狂う津波の絵としか見えなくなってしまった。画面は作者の私をうらぎって、オブジェクトとしての強さ、すなわちレアリティーを持つダブルイメージを内包発散する重い絵になったように、どうしても見えてしまうのだ。

この世の無常が、絵の上にも同じように現れたのだが、他の人はどう感じるのだろうか。

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Fall (飛沫)W162×H130 左小品 しぶきW34×H53
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屏風・月の波(葬送)W162×H130
大きな月と青い波と、その間を流れてゆく棺を模した立体を描き込んだ。
月の波(葬送)と題した。私のその時の枕屏風という仕立てだ。(尾崎愛明)

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朝凪 W99×H58 額寸です
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2012.09.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 未分類

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